我欲から慈愛への転換

1) 末那識は仏陀にもある。それを<已転依〔いてんね〕の末那><出世の末那><無染汚〔むぜんま〕の末那>と呼ぶ。
2) <已転依>とは、悟った後ということである。
3) 仏陀も凡夫も、人間としての基本的な構造は同じであるが、悟った後の末那識は、真如と他のすべてのものが対象となる。
4) <真如>とは、「ありのままの姿」「永遠不変の真理」である。
5) 末那識が「真如を対象とする」ということは、
(a) 空なる本当の自己が見えてくること。
(b) それまでの自画像が虚像であり、幻想・妄想に過ぎなかったという気づき。
(c) 無我・空への覚醒と、虚像の自我の崩壊によって、自分のみに向けられていた<こころ>が広く拡大し、他の存在をも受容するようになること。
6) 末那識の内容が、反価値的な利己性のエネルギーから、愛に転換することを、<平等性智〔びょうどうしょうち〕>という。
v. 我執を投げ捨てよ
1) 末那識の内容の転換は、<我>の思量を<無我>へ変えることであり、虚像の自我への依存から、真実の自己への帰還ともいえる。

コメントを残す